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神戸地方裁判所 昭和59年(レ)120号 判決 1988年3月23日

控訴人 中西栄太郎

右訴訟代理人弁護士 深草徹

被控訴人 大町順造

右訴訟代理人弁護士 平田雄一

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金七四万一九四二円、並びに内金一八万八〇〇〇円に対する昭和五四年三月二三日から、内金四三万八六八三円に対する同年四月二六日から、及び内金一二万九二五九円に対する同年六月二〇日から、それぞれ支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因(控訴人)

1  控訴人は、被控訴人ほか八名とともに、神戸市北区淡河町神田字大町二八六番一所在、地積四八八一平方メートルの溜池(通称西之谷池・以下「本件溜池」という。)を共有しており、各共有者の共有持分はいずれも一〇分の一である。

2  右控訴人ら本件溜池の共有者(以下「本件共有者」という。)一〇名は、昭和五四年三月二〇日、訴外関西電力株式会社(以下「関西電力」という。)に対し、関西電力所有の兵庫県三田市大川瀬字真木之谷一五〇番地の二所在の土地を要役地とし、本件溜池のうち関西電力所有の送電線路線下の両保安線間の土地一九四二平方メートルを承役地(以下「本件承役地」という。)とする地役権(以下「本件地役権」という。)を設定した。

3  関西電力は、本件共有者に対し、本件地役権設定の対価として、昭和五四年三月二二日に一八八万円、同年四月二五日に四三八万六八三四円、同年六月一九日に一二五万二五九〇円、合計七四一万九四二四円を支払った。

4  ところで本件溜池の地盤は前記1のとおり本件共有者の単純共有であり、前記2の合意は右地盤につき本件地役権を設定する趣旨のものであって、これを以て、単純共有ではない水利権ないしは溜池の所有権につき設定する趣旨のものとすることはできない。したがって前記3の本件地役権設定の対価(以下「本件対価」という。)は、右地盤の共有持分に応じた可分債権として本件共有者に帰属するものというべきである。そして被控訴人は、共有者間の合意により共有者代表者として、各共有者のために一括して本件対価を関西電力から受領し保管しているに過ぎない。

この点に関し被控訴人は、本件溜池は単純共有ではなく総有であると主張し、その理由として、溜池利用権は田畑の所有に付随するものでその範囲は所有田畑の面積に応じて決まるものであることを挙げているが、これは溜池の所有関係と溜池の水利権を混同する議論で誤りである。

5  よって、控訴人は被控訴人に対し、その保管する本件対価のうち控訴人の共有持分につき返還請求として本件対価の一〇分の一にあたる七四万一九四二円、並びに、内金一八万八〇〇〇円に対する昭和五四年三月二三日から、内金四三万八六八三円に対する同年四月二六日から、及び内金一二万五二五九円に対する同年六月二〇日から、いずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実のうち、控訴人及び被控訴人ほか八名が本件溜池を共有していることは認めるが、その共有形態及び共有持分については否認する。

すなわち、本件溜池は、本件共有者の総有に属するものである。仮にそうでないとしても、本件溜池の共有持分は、本件溜池の水を利用している田畑の所有面積によって定まっており、控訴人の持分は六一三七分の二七四である。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項の事実のうち、関西電力から本件地役権の対価として、昭和五四年三月二二日に一八八万円、同年四月二五日に四三八万六八三四円の支払いがあったことは認めるが、その余は否認する。

4  同第4項の事実のうち、本件溜池の所有権が単純共有に属するものであり、本件対価が可分債権として本件共有者に帰属するとの主張は争う。本件地役権の設定により制限を受けるのは、本件溜池の利用であり、溜池の利用は即ち水利権であるから、前記2の本件地役権設定の合意は、本件溜池の地盤の上に設定するものではなく、溜池の上に設定するものである。したがって本件溜池は総有に属し、本件対価もまた総有であるから、可分債権ではない。

三  抗弁

本件共有者全員は、昭和五四年五月ころ、本件地役権の対価として関西電力から支払いを受けた金銭(以下「本件金銭」という。)は本件溜池の保守管理費用として使用し、本件共有者各個人には配分しない旨の決議をした。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1項の事実について

1  請求原因第1項の事実のうち、控訴人が被控訴人ほか八名とともに本件溜池を共有している事実は、それが単純共有であるか否かはさておき、当事者間に争いがない。

2  同項の事実のうち、本件溜池の共有形態について判断するにあたり、まず、本件地役権が、本件溜池の地盤の所有権に対する制約たる性質を有するものか、本件溜池の地盤とは別個の溜池の使用管理にかかる権能に対する制約たる性質を有するものかを検討するに、《証拠省略》によれば、本件地役権設定契約においては、その効果として、関西電力は本件承役地に電線路(電線の支持物を除く。)を設置(張替・増強等を含む)し、その保守運営のため、本件承役地に立入り、または通行もしくは使用することができ、本件共有者は本件承役地において建造物の築造、爆発性ないし引火性を有する危険物の製造・取扱若しくは貯蔵、及び本件承役地上の関西電力所有電線路に支障となる一切の行為をすることができないことが合意されていることが認められるところ、右の関西電力の使用の承諾と本件共有者に対する各行為の禁止は、第一義的には地盤所有権に対する制約ということができる。しかし、他方、本件承役地の現況が溜池であり、近い将来において溜池としての利用が廃される可能性を窺わせるような事情も認められない本件においては、本件承役地所有権は単に溜池の地盤を目的とするに止まらず、溜池をも目的とするものであって、その権利内容は、本件承役地を溜池として利用・管理する権能をも含むものと解する余地がある。そしてこのように本件承役地所有権が地盤のみならず溜池をも目的とするものであり、その権利内容が右のような利用・管理権能を含むならば、本件地役権をもって、地盤所有権・水利権のいずれか一方のみに対する制約たる性質のものと見ることは困難であり、これをその両者に対する制約たる性質を併用するものと解するほかはない。

3  そこで、本件溜池の所有権の目的、権利内容及び共有形態について判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すれば、本件溜池は、江戸時代の天保年間には周辺の田畑に対する灌漑施設としてすでに存在しており、戦後のいわゆる農地解放直前の時点では本件溜池の水を灌漑用水として利用する周辺の農地(以下「灌漑田」という。)の所有者一〇名の共有であり、そのうち三名はその所有する灌漑田をそれぞれ小作させていたこと、右農地解放において、自作農創設特別措置法(昭和二一年一〇月二一日法律第四三号。以下「自創法」という。)第一五条に基づき、同法第三条の規定により国が買収する農地等に就き自作農となるべき者が右農地の利用上必要な農業用施設として、国が右共有者ら(代表者前田昂)から本件溜池を買収し、次いで同法第二九条の規定により、控訴人、被控訴人を含む灌漑田の耕作者合計一〇名に対し、代表者を辻井芳正として本件溜池を売渡したが、右一〇名中七名は従前からの本件溜池及び灌漑田の所有者であり、三名は従前の小作人で新たに農地解放により灌漑田の所有者となった者であること、農地解放の前後を通じ、本件溜池の共有者は、すべて灌漑田の所有者であってそれ以外の者が本件溜池の共有者となったことはないこと、本件溜池の水はすべて本件共有者の所有する灌漑田の灌漑用水として利用されていること、慣習上、灌漑田の売買がなされた場合には、本件溜池に関する水利権ないし持分権も灌漑田の新所有者に移転し、また、本件溜池に関する水利権や持分権のみを灌漑田から独立して処分することはできないものとされていること、及び、慣習上本件溜池及びそれに付随する水路の修理・保守・管理の費用は、後記の用水労働を除き本件各共有者の灌漑田の所有面積の比率によって負担されていること、一般に溜池の利用については、当該溜池の利用者を構成員とする一種の水利共同体が構成され、水利権の主体は、第一次的にはかかる水利共同体であって、右共同体の会計、配水、水利労働指揮等の事務の重要な部分は、右共同体の構成員のうち比較的広い耕地面積を所有する者などの一部の有力者によって事実上運営され、それ以外の構成員は預かり知らぬところとなっているのが一般的慣習であるところ、本件溜池の管理については、慣習上年に一回水路の除草・清掃をする際に本件共有者の意見が徴されることが窺われるものの、金銭の出納などの事務は本件共有者各自が行なうのではなく、灌漑田の所有面積の広い者五名が一年交代で年番と称される役員に就任し、右年番のみがこれに携わっていること、慣習上本件溜池の堰堤の草刈り、池底や水路の清掃などのいわゆる用水労働については、必ずしも持分に関係なく、本件共有者の各戸につき平等に労働力の供出がなされ、そのうち溝草と称する共同作業の際には参加者全員が会食していること、昭和三八年に、本件溜池に対し、兵庫県から一八万四〇〇〇円の災害補助金、神戸市から一四万二八〇〇円の助成金が交付されているが、控訴人はこれらの金員の交付の事情や使途の詳細を知らず、これらはいずれも、本件各共有者に対してというより、本件共有者によって構成される水利共同体自体に対して交付された金員たる性格のものと認められること、後記のとおり当事者間に争いのない関西電力との間の本件地役権の設定についても、年番の資格を有する被控訴人や辻井芳正のみが関西電力との交渉にあたり、またその設定対価の額は部落単位での交渉でなされており、控訴人自身は、右設定対価の具体的数額も関知していなかったことが認められる。

(二)  《証拠省略》を総合すれば、本件地役権設定の前後の時期に、年番の資格を有する共有者五名の間で、本件金銭を各共有者には配分せず、本件溜池の保守・管理のために用いることとする旨の話し合いがなされ、さらに昭和五四年五月ころ行われた溝草作業終了後の会食には、控訴人の代りに長男の配偶者である中西君代が出席していたが、その席上、本件対価を本件共有者個人に配分すれば税金がかかり、また本件溜池の改修費の支出が見込まれることから、本件金銭を本件共有者個人には配分せず、これをもって将来揚水用のポンプを設置するなど、本件溜池の維持管理のために使用する旨が年番から提案され、少なくとも中西君代を除く同席者はその場でこれに同意したことが、それぞれ認められる。

(三)  以上の各事実を総合して判断すると、本件溜池は、戦後の農地開放前からその地盤及び溜池の全体が一の所有権の対象とされ、池水の利用と管理の主体が所有していたものというべきところ、池水の利用と管理の主体は、灌漑田の所有者又は耕作者によって池水の利用と管理を目的とし一定の組織原理をもって構成される水利共同体たる伝統的水利団体であったとみるべきであるから、本件溜池の地盤及び溜池の所有者は右伝統的水利団体であったものというべきである。仮に右農地開放前においては本件溜池の地盤が伝統的水利団体の所有ではなかったとしても、その池水は伝統的水利団体の所有であったものと推認でき、これに応じて本件溜池が自創法第一五条、第二九条に基づき灌漑田の利用上必要な農業施設として買収及び売渡がなされたことにより、その地盤も伝統的水利団体の所有となり、ここに本件溜池はその地盤及び溜池とも一の所有権の対象となったものといわなければならない。このように見てくるならば、本件溜池は、灌漑田の所有者である本件共有者一〇名によって構成される伝統的水利団体の総有に属するものといわなければならない。

4  これに対し、《証拠省略》には、本件共有者各人の持分がいずれも一〇分の一である旨の、控訴人の主張に沿う記載があることが認められ、《証拠省略》にも右同様控訴人の主張に沿う部分があるが、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、右の登記簿の記載は総有関係を公示する際に生じる手続上の瑣煩を避けるための便宜的な措置と認められ、また控訴人の右供述もその見解を述べるに過ぎないものであって、いずれも前示認定を左右するに足りない。さらに、《証拠省略》によれば、本件共有者が、昭和五七年三月一〇日に本件溜池の一部を、同年四月一〇日に本件溜池に隣接する山林を、いずれも神戸市土地開発公社に売却し、その代金を本件共有者に一〇分の一ずつ配分したことが認められるものの、《証拠省略》によれば、前者については本件溜池の維持・管理費に余裕があり、かつ、代金額が一一万三一九〇円と少額であって、これを例えば各人の灌漑田所有面積の割合によって配分することは瑣煩であるための措置であり、また、後者については、売却にかかる山林には「いりく」と称する慣習が存在するうえ、その共有者も本件共有者と一部が異なりその権利関係は本件溜池と同列に論じ難いものがあることが認められ、したがって右の代金配分の事実をもって前示認定を左右することはできない。

5  請求原因第2項の事実については、当事者間に争いがない。そして前示のところを総合して判断すると、本件地役権は、地盤及び溜池を一体とした本件溜池の所有権を全体的に制限するものとして設定されたものといわなければならない。

6  同第3項の事実について

同項の事実のうち、本件地役権の対価として、関西電力から、昭和五四年三月二二日に一八八万円、同年四月二五日に四三八万六八三四円がそれぞれ支払われたことについては、当事者間に争いがないところ、《証拠省略》を総合すれば、昭和五四年三月二〇日、本件地役権の設定にあたり、その対価が六二六万六八三四円と定められるとともに、関西電力は本件共有者に対し、右金員のうち一八八万円を本件地役権設定契約後速やかに、また、その残金四三六万六八三四円を本件地役権の設定登記完了時に支払うことを約したこと、関西電力から神戸市北農業協同組合上淡河支所の「西之谷池代表大町順造」名義の口座に、昭和五四年三月二二日に一八八万円、同年四月二五日に四三八万六八三四円、さらに、同年六月一九日には協力金名下に一二五万二五九〇円が、それぞれ振込入金されていることが認められる。そして、右の各金員のうち、協力金名下の一二五万二五九〇円については、本件地役権の設定契約書にも明記されておらず、また、そのほかに、本件共有者と関西電力との間でその支払の合意がなされたことを窺わせるに足りる証拠もなく、その趣旨は必ずしも判然としないが、振込入金の時期や、振込先の口座の名義に照らし、特段の事情のないかぎり、右の金員もまた、本件地役権設定の対価たる性質を有するものと解することができる。

よって、請求原因第3項の事実は、その全部を認めることができる。

二  本件溜池の所有権は地盤のみならず溜池も一体として目的とするものであり、その共有形態は、前示のとおりいわゆる総有であり、本件地役権は地盤のみならず溜池も一体としてその目的とする所有権を制限する物権として成立したものであり、本件対価も右制限物権設定の対価であることは、先に説示したとおりである。したがって、右対価についての債権は、前示水利共同体における強度の主体的結合を反映して、水利共同体自体に性質上不可分の一個の権利として帰属し、右債権は、水利共同体自体だけが取立、処分の権能を持ち、相手方より債務の弁済として受領したものも水利共同体自体の財産となって、水利共同体を構成する本件共有者各個人は、当該債権や受領物に対する直接の権利を有しないものというべきであって、控訴人主張のように本件対価の債権が可分債権であってその一部が当然に控訴人に帰属し、被控訴人はこれを控訴人のために関西電力から受領して保管しているものとすることはできない。

してみるとその余の点につき判断するまでもなく、控訴人の本件請求は理由がないといわなければならない。

三  結論

以上のとおりであって、控訴人の本件請求は理由がなく、右と結論を同じくする原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田殷稔 裁判官 植野聡 裁判官小林一好は、填補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 野田殷稔)

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